妻の希望で「怪物」を観てきました。
色々と観客に考えさせる映画で、帰りの道中もあのシーンはこういう意味じゃなかったのか?と考察をしておりました。
妻は、帰ってきてからYoutubeでレビュー動画っていうの?観まくってました。
ただ、私たち夫婦の見解と同じ見解の物はなかったです。
私たちは、この映画を見て「私たち観客も怪物のひとりであり、噂話や軽口が怪物を作り出す」ということを監督は言っているのではないかと思いました。
そして、とても悲しいストーリーで、登場人物みんなが哀しい結末を迎えていると思いました。
そして、思い出したのが魚君の映画、「さかなのこ」です。
同じように、人とは違う少年の成長を描いた映画ですが、あちらはとても幸福になり、観客に希望を与えてくれる映画になっていました。
焦点を当てられている少年達は同じように人と違うところが似ているのに、映画自体は正反対のものになっていて、改めて「さかなのこ」という映画もいい映画だったんだと思いを新たにしました。
話を「怪物」に戻すと、見る人によっては登場人物がみんな怪物に見えるでしょうし、校長先生の心理も理解できない方もいると思います。若い方は特にわかりずらいかも知れません。
2度・3度見ることで印象が変わってくると思います。
是枝監督がミスリードしていると話している人もいたんですが、私にはそうは思えず、先に言ったようにそれこそが狙っている部分だと思います。
まず、先生が怪物に思えてきます。
次に、子供達が怪物に見えてきます。
校長先生が怪物に、お母さんがモンスターペアレンツに見えてくる。
それは、何故?\r\nそこに意識がいくとこの映画の見え方が変わってくると思うのです。
結論としては、どこにも「怪物」なんていないんです。\r\nでは、タイトルの「怪物」は?
「怪物だ〜れだ!」とは?
先生がガールズバーに通っている」なんて、なんでもない噂話をした人。
嫉妬なのかなんなのか、先生に少年が猫と遊んでいたと猫の死体の前で告げ口した女の子。
モンスターペアレントの対応に慣れていると、先生の率直な意見を押し込めた教頭。
男らしくないとイジメを繰り返す男の子。
女性と結婚して家庭を持つことが幸せと言う母親。
なんてことない、誰もがやってしまうことだけど、それこそがモンスターなのではないでしょうか?
思い込み、常識という括り、既成概念、親の期待・・・。
LGBT法案なんて政府が作っているけど、そういった当たり前にみんながしていること、考えていること、軽くちが人を傷つけ誤解を生み、ありのままを受け入れる事が出来ない社会を作っていて、よくわからない、どうすることもできないような社会のありようこそが怪物とこの映画は言っているように感じました。
捉え方は人それぞれになる映画だと思うので、ご覧になっていない方はぜひご覧ください。
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